ミスタードラゴンズ逝く(かなし)

皇紀2680年1月19日

 プロ野球を代表する二塁手として活躍して二度にわたる中日の監督を務めた高木守道さんが17日亡くなられました(かなし)

 1960年に県立岐阜商から中日に入団。現役通算成績は2274安打、打率二割七分二厘、369盗塁。盗塁王には三回選ばれました。
 走攻守揃った名選手として活躍して『ミスタードラゴンズ』と呼ばれていました。1974年(昭和49年)のチーム20年ぶりのリーグ優勝に貢献しました。
 2006年(平成18年)には野球殿堂入りを果たしました。

高木守道さん
©中日新聞

 正面を向いたまま遊撃手へのバックトス送球は名手と言われていましたね(ん)
 第一次監督時代には1994年(平成6年)の同率首位での対巨人最終決戦、いわゆる10.8決戦が有名でしたね。激闘の末、優勝を逃してしまいましたが・・・。このときの相手の監督は長嶋茂雄さんでした(ん)
 このときの高木監督の戦い方(投手をいつもの試合の使い方に徹した)には賛否両論が出ていたようです。権藤コーチ(後の横浜監督)との言い合いも語りぐさでした。
 2012年には二度目の監督に就任しましたが、第一次監督時代の指導のやり方を変えなかったばかりに、スタッフや選手との間ですきま風が吹き、中日を優勝に導けませんでした(しょぼ)

 ご冥福をお祈りします(ぺこ)