終戦の日

皇紀2678年11月8日

 今日は終戦の詔勅(玉音放送)があった日、いわゆる終戦の日とされている日です
正式な国際法上の終戦は9月2日です関連記事
 政府主催の全国戦没者追悼式が行われました。

全国戦没者追悼式


全国戦没者追悼式 天皇陛下のお言葉(全文)

終戦から72年を迎えた15日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京の日本武道館で行われ、天皇陛下がお言葉を述べられました。その全文です。
 本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、先の大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
 終戦以来、すでに72年、国民のたゆみない努力により、今日のわが国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶ時、感慨は今なお尽きることがありません。
 ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことをせつに願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して、心から追悼の意を表し、世界の平和とわが国の一層の発展を祈ります。

 (。-ω-。)------------キリトリ------------(。-ω-。)
 

録音盤

 上記写真は宮内庁で保管されている玉音放送を記録したレコード原盤です。
2015年に宮内庁はこのレコード原盤から昭和天皇のお声の再生に成功し、その音声は宮内庁のHPで聴くことが出来ます。終戦の詔勅音声

終戦の詔勅の原文は以下(カタカナはひらがなに直してあります)
正式な題名は「大東亜戦争終結に関する詔書」です

朕深く世界の大勢と帝國の現状とに鑑み非常の措置を以て時局を収拾せむと欲し
茲(ここ)に忠良なる爾(なんぢ)臣民に告く

朕は帝國政府をして米英支蘇四國に対し其の共同宣言を受諾する旨通告せしめたり
抑々帝國臣民の康寧を図り

万邦共榮の楽を偕にするは皇祖皇宗の遺範にして朕の拳々(けんけん)措(お)かさる所
曩(さき)に米英二國に宣戰せる所以も亦実に帝國の自存と東亞の安定とを庶幾するに出て
他國の主權を排し領土を侵すか如きは固(もと)より朕か志にあらす
然るに交戰已に四歳を閲し朕か陸海將兵の勇戰 朕か百僚有司の励精
朕か一億衆庶の奉公各々最善を尽せるに拘らす戰局必すしも好轉せす
世界の大勢亦我に利あらす

加之敵は新に残虐なる爆彈を使用して頻(しきり)に無辜を殺傷し
惨害の及ふ所眞に測るへからさるに至る
而(しか)も尚交戰を継続せむか終に我か民族の滅亡を招來するのみならす
延て人類の文明をも破却すへし
斯の如くは朕何を以てか億兆の赤子を保し皇祖皇宗の神霊に謝せむや
是れ朕か帝國政府をして共同宣言に応せしむるに至れる所以なり

朕は帝國と共に終始東亞の解放に協力せる諸盟邦に対し遺憾の意を表せさるを得す
帝國臣民にして戰陣に死し職域に殉し非命に斃れたる者及其の遺族に想を致せは五内爲に裂く且戰傷を負ひ災禍を蒙り家業を失ひたる者の厚生に至りては朕の深く軫念(しんねん)する所なり
惟ふに今後帝國の受くへき苦難は固より尋常にあらす
爾臣民の衷情も朕善く之を知る然れとも朕は時運の趨く所
堪へ難きを堪へ忍ひ難きを忍ひ
以て万世の爲に太平を開かむと欲す

朕は茲に國體を護持し得て忠良なる爾臣民の赤誠に信倚し常に爾臣民と共に在り
若し夫れ情の激する所濫に事端を滋(しげ)くし或は同胞排擠(はいせい)互に時局を亂り
爲に大道を誤り信義を世界に失ふか如きは朕最も之を戒む
宜しく挙國一家子孫相傳へ確く神州の不滅を信し任重くして道遠きを念(おも)ひ総力を將來の建設に傾け道義を篤くし志操を鞏(かた)くし
誓て國體の精華を発揚し世界の進運に後れさらむことを期すへし
臣民其れ克く朕か意を體(体)せよ

大東亜戦争終結に関する詔書

『堪へ難きを堪へ忍ひ難きを忍ひ』ここの部分だけは良く聴いたことがあるのでは無いでしょうか(ん)?
また、詔書と略した言い方をした新聞や放送ばかりですが、「大東亜戦争終結に関する詔書」が正しい題名です。
 ところで「大東亜戦争」、この言葉は今の大手の新聞や放送局ではまず言いません。というか言ってるところを聴いたことがありません。
ある出演者は『大東亜戦争』という言葉を使ったらカットしますと言われたとか・・・江藤淳さんの書かれた「閉ざされた言語空間」は72年を経った今でも健在と言わざるを得ません(あれ)

あ、ちなみに2017年8月14日20:00からNHKで放送された「樺太地上戦終戦後7日間の悲劇」は私にとって見るに堪えない番組でした。

 ではでは~ε=ε=ε=ε=ε= タタタタ・・・。゜.☆ ドロン♪♪