20年前の今日(うる)

皇紀2680年9月12日

 今日は不安定な天気で晴れていたかと思うと、いきなり曇って激しい雨が降る、そんな一日でした。
 思えば20年前の今日もこんな天気でした・・・

 午前中は時折日の差す天気でしたが夕方近くになって空が真っ暗になったかと思うと叩きつけるような雨が降り出しました。道路はあっという間に川のようになり、側溝の位置が判らないほど水かさが増し、前方が霞んで見えないほどになりましたね。激しい雨の音で車が近づいていても気がつかないほど。
 夜になっても雨の勢いは止まらず、傘を差していても役に立たないばかりか余りに激しい雨で会話も碌に出来ない状態でした。
 この激しい雨で新川が決壊して西枇杷島町(今の清須市)一帯が完全に水に浸かり、近くを通るJR枇杷島駅や名鉄西枇杷島駅が水没して駅の機能が麻痺しましたね。

氾濫
新川決壊箇所(©名古屋市)

西枇杷島駅
西枇杷島駅(©国土交通省 庄内川河川事務所)

 新川決壊による水が引くまで1月以上もかかりました。水が引いた後に枇杷島駅を通りましたが、下水特有の臭いが充満していました。このような状況がしばらく続いたそうです。
 また天白川沿いにある排水ポンプが水に浸かったため、雨水の排水が進まず野並というところではバスが水没するくらい水が溢れました。
 この東海豪雨被害について新川付近の住民が国の河川管理責任を問う訴訟が行われましたが最高裁で住民敗訴で終わっています。

東海豪雨水害に関する記録(平成13年3月30日発行)

「東海豪雨」から20年 あのとき何が起きたのか? 都市型水害の恐怖と教訓

 これほどの大雨になったのは台風14号からの湿った空気と秋雨前線への高気圧の縁を回る同じく湿った空気がぶつかった影響と言われています。この時「線状降水帯」と言う言葉が使われ出したんですよね。
 それにしても台風14号に近い九州よりも千キロ離れた東海でこれほどの被害が出るとは予想だにしなかったでしょうねぇ(しょぼ)

 因みにこの当時この市に住んでおり、床下浸水だけの被害で済みました。が市内では床下浸水をした家が21,000棟余りと甚大な被害が出ました。6時間で降水量が480ミリになればこうなりますよねぇ(しょぼ)

 ではでは~ε=ε=ε=ε=ε= タタタタ・・・。゜.☆ ドロン♪♪